• イベントプランナー

  • Kaoru Miyanaga

  • INTERVIEW

  • Writer Yuko

  • Editor Ryoma

キラキラウーマンPDX『すべての経験が自分の力になっている』(Kaoruさん/イベントプランナー)

ポートランドで輝く女性にスポットを当てる【キラキラウーマンPDX】連載企画!
第七弾は、イベントプランナーのKaoru Miyanagaさんを紹介します。
カリフォルニアでのホテル企画マネジャーとしてのキャリアをもとに、ポートランドで数々のイベントに携わっているKaoruさん。
二人のお子さんを育てながら精力的に活動するKaoruさんに、そのお話を伺ってきました。

またロスに帰ってくるぞ、の想いから始まったアメリカ生活

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Nまずはじめに、アメリカに来たきっかけを教えていただけますか?

Kaoru私のアメリカ生活は1992年、高校生の頃、ロサンゼルスに留学に来たときから始まりました。それより前の1984年、当時ロスで生活をしていた兄を訪ねて、ロスに遊びに行ったんです。そのときに触れた、アメリカ人の明るさ、空の青さ、土地の広大さ…すべてに圧倒されて「またいつか、絶対ここに戻ってくるぞ」って幼心に思ったんですね。そして高校生の頃、あのときの想いを実現するために、ロスに留学しました。

実際の高校時代は、期待とは裏腹に苦労が多い生活でしたね。私の通っていた高校は、海外から生徒が入ってくると、図書館に名前と国旗を掲示されるくらい、外国人というのがめずらしい学校だったんです。例にもれず、私の名前も日の丸と一緒に掲示されました。私の隣には、ドイツ人の名前が張られていましたね。

英語も満足に話せないし、友達もなかなかできず、つらい生活でした。ただ、人には恵まれていましたね。ホストファミリーの方が親切にしてくれたり、韓国人の親友ができたり、そういった方々を心の拠りどころに、ここで諦めちゃいけないと踏ん張って頑張りました。

大学の進路を決定する時期になり、ホテルスクールに進学することにしました。幼いころから旅行好きの母に連れられてたくさんのホテルに滞在したこと、キャビンアテンダントの方の活躍に触れていたことから、ホスピタリティを学びたいという想いがあったんです。自分もサービスを提供する側へまわり、人のために何かしたい、喜ばれたいと考えました。ホテルスクールは東海岸に集中していて、ニューハンプシャー州にある大学を進学先に選びました。

大学進学後、インターンの時期に、将来住むなら日本に近い西海岸に戻ろうと、カリフォルニアのビバリーヒルズにある日航ホテルで研修をしました。ここでも、たくさんの人に恵まれましたね。中でも、サンフランシスコの日航ホテルの社長秘書の方との出会いが印象深いです。当時、学生でインターン生だった私をスカウトしてくださって、支配人の方と繋げてくださりました。

Nスカウトですか、すごいですね。その後、そのホテルに就職されたんですか?

大学を卒業するまでの1年間、毎月私から支配人の方に手紙で近況報告をさせていただいて、卒業後、無事に内定をいただきました。最初はフロントでの仕事を担当していたんですが、大学卒業後に発行されるビザのパーミットは1年間なんですね。その後も継続して働くためには、労働ビザが必要です。私はずっとアメリカで仕事がしたかったので、入社と同時に「来年以降もビザを持ってここで仕事をしたい」と上司に伝えました。

すると、それならマネージャーのポジションでないとビザが下りないからと、フロント業務とは別に、マネージャーとしての仕事を訓練してもらえることになりました。実際に2年目からマネージャー業務に就きましたが、当時まだ新人の部類だったので、周囲の人からは厳しい目でみられることも多く、とにかく仕事仕事の毎日でしたね。

マネージャー業務以外にも、インターンの時に経験した企画の仕事に就くことを目標に、現場を経験したり、CWC(Certified Wedding Consultants)の資格を取得したりと、準備を進めていました。ホテルでの仕事は11年間続けましたが、当時の最終目標は一流ホテルであるリッツカールトンで企画マネージャーの仕事をすることで、無事、達成することができました。

ホテル企画マネージャーのキャリアをもとに、様々なイベントに携わるポートランドでの日々

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N華やかなキャリアですね。もちろん、かおるさんの努力があってこその実績ですが…その後、ポートランドにはどうやって移って来ましたか?

二人目の妊娠後期の頃、主人の転勤に伴い越してきました。雨季の時期だったこともあり、随分暗い街に越してきてしまったなぁと、最初は憂鬱でしたね。ずっとカリフォルニアで生活し、キャリアも人間関係も築いてきたので、すべて置いてポートランドに越してきたことで気持ちが落ち込み、しばらくはふさぎ込んでいました。

でも、息子を出産し、少しづつコミュニティとの繋がりができ、雨季が終わって天気が良くなってくるのに比例して、私の状態も回復してきました。ちょうど同じ頃ポートランドに越してきた友人と意気投合し、私たちのように出会いの場を探している人がきっといるはずだと、PJG(Portland Japan Girls)という、日本人女性のためのコミュニティ団体を立ち上げました。

それからはホテル時代の経験を生かし、PJGやその他NPOと協力し、イベント企画の活動をしています。東日本大震災支援のためのチャリティバザーや、日系人コミュニティのお正月イベントなどに携わってきました。フリーランスとして、イベントコーディネーターの仕事もさせていただいています。いまは子供が小さいので、自分にできる範囲の仕事やボランティアを、無理をし過ぎずにするようにしていますね。

N小さいお子さんを2人抱えながらも、積極的に活動されているんですね。ポートランドでの生活も4年目になりますが、越してきた頃と比べて、印象はどう変わりましたか?

ポートランドの良さは、自分の足で実際に歩いてみないと分からないことが多いですね。越してきて間もない頃、ウェディングコーディネートの仕事をさせていただいたとき、お客様の希望されるイメージを実現するためにあちこち歩いてまわりました。会場探しから、リングをはじめとする小物を探すために。

その際、たとえば緑豊かな自然に触れたり、ビンテージの素敵な品物に出会ったり、私自身どんどんポートランドの魅力に気が付いていきました。最初の暗い印象とは全く変わりましたね。

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Nたしかに、ポートランドは住んでみるとその良さがさらに深まりますね。では、最後に今後の展望を教えてください。

第一優先は家族ですが、下の息子も学校へ通うようになったら、またフルタイムで仕事復帰をしたいと考えています。カリフォルニアでのホテルでの経験はもちろん、いまポートランドでさせていただいている様々なイベント企画の経験もすべて、自分の力になっていると思います。これらの経験を生かし、そのとき自分がすべき仕事に復帰し、今後も社会に価値を提供できればいいですね。

カリフォルニアでの経験をもとに、ポートランドでもたくさんのイベント企画をしているかおるさん。今後もその確かな企画力と行動力を武器に、魅力いっぱいのイベントを開催してくれること間違いなしですね。

Kaoru Miyanaga

カリフォルニアでホテル企画マネージャーとしてキャリアを積んだ後、ポートランドへ移住。現在は二人の子供を抱えながら、日本人女性のためのコミュニティ団体Portland Japan Girls主催、From Portland with Love(NPO)ディレクターとして活動する。フリーランスのイベントプランナーとしても活躍中。
今後開催予定のイベントは「WebマガジンNoren Portland(当webマガジン)とのコラボイベント」、「日系人の方がポートランドに残る日本街の歴史を語る東日本大震災チャリティイベント」など。

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