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キラキラウーマンPDX『もっと人のストーリーにフォーカスした写真を』(Kimiさん / Photographer)

ポートランドで輝く女性にスポットを当てる【キラキラウーマンPDX】連載企画!
第三弾は、フォトグラファーとして活躍するKimiko Hoodさんを紹介します。

弱冠31歳にして、ポートランドに自身のスタジオ「Kimi photography」を構えるきみさん。
20歳までは、写真の写の字も知らなかったという彼女が、どのようして写真と出会い、フォトグラファーを目指したのか。
アートな街、ポートランドでフォトグラファーをすることとは…
彼女の写真、仕事に対する想いを伺ってきました。
 
Interview by Yuko Edited by Ryoma

今いる環境に甘えない。将来を真剣に考えたとき、進学先はアメリカでした

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「大学受験を迎えた高校3年生の頃、将来どうしたいかなと考えたときに、海外に行こうって思ったんです。」

両親が大のカナダ好きだったこともあり、幼い頃から海外に興味のあったきみさん。高校では国際科に所属し、英語の勉強も好きだったと言います。

「環境に甘えないようにと、留学先は極力日本人の少ない場所を選ぼうと思いました。奨学金をもらうこともできたため、ミネソタ州の大学に進学することに決めました。」

大学進学後しばらくは、手探りの日々。当時は、英語で十分なコミュニケーションが取れなかったため、自己表現する方法を探し続けます。
 

自己表現のために始めた写真で、人に何かを伝えたいと考えはじめていました

「 アートデザインのクラスを受講したとき、ある教授に、学生新聞でフォトグラファーを募集しているから、参加してみたらどうかとアドバイスをもらったんです。これが、私と写真の出会いでした。」

街で行われたイベント等を撮影し、その写真が学生新聞を通して多くの人の目に触れる。次第に周囲から声をかけられたり、賞を受賞するようになり、写真にのめり込んでいきます。

「3年半で大学の単位を取得し、残りの半年間は写真のインターンシップをしていました。自己表現のためにはじめた写真が、周囲の人に評価され嬉しさを感じると同時に、人に何かを伝えるために写真を撮っていきたいと考えはじめていました。」

大学卒業後、彼女はNYへ向かい、数名のフォトグラファーの下で働きながら、実績を積んでいきます。

その後、新しい地で経験を踏もうとやって来たのがポートランド。ただ、ここから少しの間、きみさんにとって辛い出来事が続きます。
 

身近な人の死を乗り越えて、写真に対する気持ちにも変化

「身近な人がたくさん亡くなりました。家族や、いつか一緒に写真を撮ろうと約束していた友人が。自分の気持ちを整理するためにも、一度、日本に帰りたいと思ったんです。」

その後、約2年間、彼女は日本で暮らします。

「身近な人の死を乗り越えて、私の写真に対する気持ちにも変化がありました。それまでは、新聞がはじまりだったこともあり、フォトジャーナリズムとしての写真を、不特定多数の読者のために撮っていました。

でも、もっとひとりひとりのストーリーや歴史にフォーカスした写真を撮りたいと考えるようになったんです。日本に戻ってからは、ポートレート写真を撮るようになりましたね。」

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プライベートでは、ポートランドで出会って、その後日本で生活をしていた間も遠距離恋愛を続けていた彼と、結婚をすることになります。
 

アートな街ポートランドだからこそ、ライバルも理解者も多い

「24歳のとき、結婚のため、彼のいるポートランドに戻りました。24歳までは、文化も言葉も異なるアメリカで自己表現する方法を模索し、手探り状態の毎日でした。でも、結婚をした24歳あたりから、それらの苦労が、ポートレート写真という形でブラッシュアップされている感じですね。

ポートランドはアートな街なので、フォトグラファーもたくさんいて、競争は多いです。でも、その分、理解者も多い。」

「私がポートランドで写真を撮る理由ですか?写真を撮ることは天職だと、どこかで思っているからですね。そして、ポートランドには、私の写真を応援してくれる人がいて、喜びを与えてくれる。彼と出会った場所が、日本人にとって住みやすいポートランドだったのはラッキーでした(笑)

ポートランドで写真を撮る時は、できるだけ豊かな自然を取り入れるように意識しています。緑や木を取り入れたり。雨も多いので、撮影も大変ですけどね。」

自身のスタジオも持ちバリバリに働いている彼女が、時折ジョークや笑顔を交えながら語る様子は(もちろん、いい意味で)親しみやすくて愛嬌たっぷり。

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そんな彼女の今後の展望は…

「商品写真などビジネス向け写真のフォトグラファーとして活躍する主人と共に、より良い写真を残していけたらと思います。二人とも写真好きですから、家の隣にフォトスタジオがあれば理想ですよね(笑)

あとは、国際協力もしていきたいです。将来は、発展途上国を支援する団体に、フォトグラファーとしてプロボノ活動できればと考えています。」

「人のために写真を撮りたい」と言っていた、彼女らしい夢ですね。

今後も、素敵な写真を撮り続けてくれるきみさんから、ますます目が離せません。
 

プロフィール

高校卒業後、渡米。大学2年生のときに、写真と出会う。ポートランドに自身のスタジオ「Kimi photography」を構え、ポートレートフォトグラファーとして活躍中。

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